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100 そばにいて

last update Last Updated: 2025-08-22 17:00:59

 煙草を吸いながら、西村と生田は会話を続けていた。

 節子は間で、二人の会話を黙って聞いている。

 煙草がなくなり、西村がどうする? と聞くと、照れくさそうにうなずき、煙草を受け取り火をつけるのだった。

「それでどうじゃ? あんた、ここは気にいったんかいの」

 西村の直球に、生田は少し困惑気味の表情を浮かべた。

 節子は無言でうつむき、白い息を吐いた。

「あんたがここに来て二週間。初めに比べれば、だいぶ落ち着いてきたみたいじゃがな。その様子を見るに、このあおい荘はあんたにとって、まんざら悪い場所じゃないかのって思っておった」

 そう言って高らかに笑い、西村が続ける。

「ナオ坊たちは、合格かの?」

「……」

「に、西村さん……」

「生田さんや。今ここにおるのはわしらだけじゃ。節子さんもな、そんなに警戒せんでもええ。ありのままで構わんのじゃ。

 のぉ、節子さんや。わしはの、あんたが来てから、それなりにあんたの様子を見ておった。何をおいてもナオ坊と一緒にいて、何を聞いても『そばにいて』の一点張りじゃ。話にもならんかった。あおいちゃんたちには暴力ばかりで、近寄ることすら許してくれん。

 初めの内は、ナオ坊が言っとったように、あんたは病気になっとるんじゃと思っておった。じゃがな……ずっと見ている内にの、少しじゃがあんたのこと、分かってきたように思えるんじゃ。

 確かにあんたは、極度の緊張と人間不信、そして依存の気持ちが大きい。見る者が見れば、それは立派な心の病じゃ。むろん、そうなったのには理由がある。

 あんたは血が詰まって、一時的に記憶が混乱した。それが元で入院して、気が付いた時には拘束されていた。

 自分の身に何が起こったのかも分からないまま、絶望したことじゃろう。そしてそうしたのが我が子だと知って、何も信じられなくなった。

 そのまま施設に入れられ、あんたは多分、地獄に放り込まれたような気持ちになったことじゃろう。

 じゃがな、ここでのあんたを見
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